火曜日, 12月 02, 2025

2025年のベスト数学

今年はなんと会社の都合でタイのバンコクに住むという転機が訪れた。目標であった博士課程進学が遠のいた感はあるものの、研究対象が仕事とも微妙に近づいており、あまり焦らなくても良いのではないかと思うようになった。

私の現在の数学の拠り所となっている放送大学。東京との2拠点生活ではあるのでそれほど不便ではないが、来年4月からは正式に海外在住でも学べるようになるらしい。

今年は面接授業の「ゲーム作成で学ぶ線形代数入門」が面白かった。Paul Orlandの『プログラミングのための数学』を参考書として線形代数の基礎からPythonを使ってゲームを動かすところまで。

シラバスには

Python の知識は前提にしませんが、Excelは簡単な操作ができることを前提にします
と書かれていたが、実際はターミナルを起動してPythonの仮想環境を作り、VS CodeでJupyter Notebookを扱うスタイルで教室は大混乱だった(環境構築の資料は丁寧に書かれていて、その通りにやれば問題なかったのだが、その通りにやれないのが人間)。

そして見つけてしまったのが大学院開設科目の「計算と自然」だ。もともと自然計算という分野には興味があり、理解できないながらも近代科学社のナチュラルコンピューティング・シリーズの第0巻『自然計算へのいざない』を読んだりしていたのだが、なんとこの編集委員である萩谷昌己先生が講義をされているのであった。学部生なので単位にはならないものの、教科書は買えるし講義もオンラインで視聴できる。まさに今の自分の興味のど真ん中で、おもしれー!と感極まって教科書を閉じる(閉じるなよ)という状態。読んでいて分かったこととしては、ナチュラルコンピューティング・シリーズでまず読むべきは第7巻の『自然計算の基礎』だということ。これも面白すぎてすぐに閉じてしまう。第4章には圏論が出てきて、ずっと追ってきた加藤文元先生の『はじめての圏論』に繋がる。今年の残り時間はこれらと一緒に過ごしたい。

ここで冒頭の伏線回収になるのだが、会社の新規事業として東京の清澄白河に「Kinoko Social Club」という場を作った(ロゴのデザインや皿のレーザー刻印などを担当)。メンバーそれぞれにこの活動体に対する思いはあるが、私はきのこ及び菌類と自然計算のつながりで何か作品を作れないか探っている。

あとは藝術と技術の対話(DAT)。このサイトを制作しつつ藤幡さんと様々な話をした。必然的に博士課程でも向き合うことになる内容であり、藝術と技術の普遍性とローカル性について考えるのに、いま自分がタイにいることは活きてくるはず。2021年に国際交流基金アジアセンターの「Jalan-jalan di Asia-アジアを歩く」というプロジェクトに参加した際に、東南アジアの文化や知性、日本の戦前の思想に触れ、興味を持った。Webサイトはもう見られないが、中身は古市さんの根性でPDFとしてアーカイブされている(本当に大事)ので読んで欲しい。ここでの仕事がCCBTに繋がり、DATに行き着いたのは感慨深い。来年はもっと楽しくなると思う。

この記事は 2025 Advent Calendar 2025 の2日目でした。1日目は taizooo さん、3日目は a_suenami さんです。お楽しみに。

日曜日, 12月 15, 2024

2024年のベスト数学

今年のベストはアルブレヒト・デューラー『測定法教則』注解を買ったこと。
デューラーは画家として有名で、この本も中央公論美術出版から出ている。正式には『線、平面、立体におけるコンパスと定規による測定法教則、理論を愛する全ての人の利用のために、アルブレヒト・デューラーの著した説明図付きの書、1525年印刷』と訳されるそうだ。

放送大学で去年履修した三浦伸夫『数学の歴史』で知ったのだが、この三浦教授が第二編で「数学史におけるデューラー」という解説を書いている。

デューラーには「若者が基礎を弁えずにただ日常的な慣習だけから学び」「無知のままに成長し」「無思慮に自己の好みのままに作品を作った」という不満があった。絵画に必要な数学的知識を若者に教え、絵画に数学的な基礎付けをすることで、技芸から学へと高める目的があったという。これは自分がクリエイティブコーディングに感じている不満に通じる。単純に現代的な感覚に引き付けて考えるのは危険だし、数学が基礎付けられることで学術となるか、それが正しいのかは自明ではないが、「蜘蛛の形の関数」や、アルファベットの書き方も解説していて、さながらクリエイティブコーディングをきっかけにプログラミングに興味を持ってもらおうとする現代の教育者のようだ。証明はなく実用に重きをおいた内容ではあるものの、高度すぎて若者に数学を理解させるという目的は達成できていない、というのが現代での評価ではある。コンピュータの恩恵に与り、テキストだけでなくゲーム的な仕組みでそこを乗り越えるのが自分の研究になると思う。

先日、高木隆司が立ち上げた「形の科学会」のシンポジウムがあったので聴講してきた。学生時代は学会に入っていなかったのだが、改めて学術コミュニティっていいなと思った。全ての発表に質問する先生や、御年84歳で新しい理論を発表し続けている宮崎興二先生を間近で見て、大変に刺激になった。

実は『プリンストン数学大全』も買ってしまった。なかなかの出費の割に全然読めていないが、読もうと思えばいつでも読める安心感に価値がある。

この記事は 2024 Advent Calendar 2024 の15日目でした。14日目は juneboku さん、16日目は xKxAxKx さんです。お楽しみに。

月曜日, 12月 18, 2023

2023年のベスト数学

放送大学で初めて数学のゼミに参加した。結局仕事が忙しくなって1度しか出られなかったが、客員教授が担当してくれて、学生が自主的に読み進める。噂には聞いていたが、数学のゼミでは本当に教科書の2、3ページを読むのに3時間かける。内容は多様体で、参加者も工学部出身で数学に挫折した人から、美容関係の仕事をしつつ突如量子力学に目覚めた人まで多様。

放送大学では『数学の歴史』も履修している。今でいう数学や哲学、芸術はかつてもっと渾然一体としていた、という話は知識として持っていたし、多分野に渡る成果を出した偉人も知っている。しかしその実際のあり方までは想像できていなかったので、すごく面白い。ルネサンス期の数学は古代ギリシャ数学を復興させるために語学に長けた人文主義者(コンマンディーノなど)が中心であったなど。デューラー、ヤムニッツァーについても掘り下げて調べてみたい。

うまく人には説明できないのだが、自分にとって数学の記法や記号の整理はUIデザインに近い。ある概念を記号化し、操作可能にする。それによって人間の思考や能力を拡張する。世界の見方を変える。「使いやすさ」とも違う道具のあり方とでもいうのだろうか…。

夏にIAMASの進学相談があったので、ぼんやり考えていたことをまとめ始めた。そうして手を動かすとそれに応じて思考も進み、選び取る情報の精度も上がり、タイミングよくテーマに合った本が手に入る、みたいなことが起きる。私は今までこれのためにやってきたのだ、というような感覚。修士時代の疑問や課題は、良くも悪くもまだ手がつけられていないように思える。芸術と科学の両分野において、それぞれの文脈を踏まえ学術的な作法に則り、新しい発見や手法をもたらしたい。もう少し具体的にいうと数理的な形の研究で、群論を調べていった先に何かがある気がしている。通常学術的な研究は素材の開発だったり空間の設計だったり実用化・最適化を目指して行われるが、表現にもまだ開拓されていない領域があるのではないか。私は昔から数学の教科書に出てくる図版に惹かれていた。人間が自由に想像して作ったものというよりは、ある規則に基づいて人間が理解できる形を模索した結果、こうとしか表現できないといった趣で生み出されたもの。

参考になりそうなのは数理的な研究の立場から芸術にアプローチしていった人たち。今年のお気に入りを挙げておく。

  • 高木隆司『かたちの不思議』
  • 伏見康治『紋様の科学』
  • 福田宏、中村義作『エッシャーの絵から結晶構造へ』
  • 日本図学会編『美の図学』
  • 西山亨『フリーズの数学 スケッチ帖』
  • 吉田武『たくましい数学』

この記事は2023アドベントカレンダー2023の18日目でした。17日目は nagayama さん、19日目は nnca_ntn さんです。お楽しみに。