月曜日, 12月 12, 2022

2022年のベスト数学

ようやく数学との付き合い方が分かってきたように思う。机の周りなど自然と手に取れる範囲にある本が数学の本になってきた。以前はまだ「頑張って数学を勉強するぞ」という感じだったが、だいぶ気負いなく楽しめるようになったと思う。世間的にも大学数学の教科書が、大手の出版社から手に取りやすい価格で出たりして、高度な内容を体系的に楽しめる状況が整いつつある。Martin H. Weissman、安福悠『図解する整数論』は、まさに自分がやりたかったことではないか(2019年の最後の段落)と驚いたと同時に、数学の言葉でこういう風に語れればやれることがありそうだと自信をもらった。「数は、数えたり測ったりするために使うものとし、それ以上は考えない」という姿勢。他にも「フリーズの数学」や「ヤング図形」など、新しい景色が見えてきていて興味は尽きない。

放送大学

面接授業で『身近な群』という講義を受けた。ルービックキューブやあみだくじや壁紙のパターンのような「日常的に目にする」身近さを想像していたのだが、「線形代数で考えると具体例が沢山見つかる」という意味の身近さだった。群は抽象代数学で扱うのが主流ではあるが、先生は幾何のご出身で、線形代数から群にアプローチして具体的な計算に慣れることで理解を深めるのが狙い。もう少し知りたくなって参考書があるか聞いたら「ない」と言われた。色んな分野からかき集めたものであり、「本を読んで勉強するものではない」とのこと。「リー群」など関連しそうなキーワードだけ教えていただいた。

放送授業は去年単位が取れなかった微分積分と線形代数を引き続き受けている。これらを勉強したくて始めたのに、「しっかり理解したいから後で時間とろう→そんな時間はない」となってしまっている。理系科目の難しさは度々言及されているので、じっくりやっていこうと思う。

図書館にもお世話になっていて、Springerや丸善が提供する電子書籍が読める。いつか買うつもりの『プリンストン数学大全』も読めるし、ブルーバックスなども結構な冊数が読めるので本当にありがたい。また、知らずに読んでいたのだが高橋礼司『対称性の数学』や石田英敬『現代思想の教科書』は放送大学での講義を基にした書籍で、千葉の本部図書館に行けば映像を観られるようだ。CTGの槌屋治紀も『技術の分析と創造』という講義を開いていた。教科書を中古で買ったが、コンピュータアートに関しては一切触れていなかった。

コンピュータと美学

図書館といえば川野洋『コンピュータと美学』を東京都現代美術館の図書室で読んだ。メディアアートの先駆者として個人的な興味で調べていたのだが、自分たちが学生時代にしていた作品と論文を組み合わせる形式も、この流れにあったのだと分かり、約20年の時を経て納得した。絶版で中古市場でも手に入りづらくなっているため、復刊あるいは電子書籍化できないかを出版社に問い合わせたところ、真摯な回答をいただいた。ひとまず経緯を見守りたい。

川野さんの作品も展示されていた『イメージ・メイキングを分解する』という展覧会があったのだが(不覚にも観に行けず図録のみ入手)、ここに木本圭子さんが寄せたテキストには元気づけられた。オンラインでも読める。

ここまで、私が接してきた数学のことを書いたが、まだどれも入り口だと考えている。いろんな数学書(解析や多様体や複素解析など)を読んできたが、その最初の数十ページの基礎の思考が重要だった。

野生の秩序、散歩の途中 | TEXTS | ÉKRITS / エクリ

群論の入門書を読み、非常にシンプルな規則からものすごい広がりが生まれていると錯覚していたのだが、歴史的には逆で、さまざまな分野の議論が整理され削ぎ落とされて成立したものらしい。「数十ページの基礎の思考が重要」というのはそういうことだろうと思う。

木本さんの仕事を調べていると東京理科大学の科学フォーラムが見つかった。2010年7月号のコンピュータアート特集で、他に川野洋、ハロルド・コーエンなどが寄稿している。川野さんは10月号にも記事を書いており、彼の作品がZKMに寄贈されるに至った流れを説明している。本人が亡くなる2年前の原稿で、歴史的にも重要な資料のはず。これもどうすれば入手できるかを問い合わせたら、10年以上前のもので傷や汚れがあるとのことで「お役に立てれば幸いです」と無償で譲っていただいた(実際はとても綺麗な状態だった)。

このようにさまざまな窓口は開かれている。SNSに閉塞感を抱くでもなく、Web3に望みを託すでもなく、見知らぬ人々と立場を超えて繋がれるインターネットはただそこにある。


この記事は2022 Advent Calendar 2022の12日目の記事として書かれました。昨日はjune29さん、明日はshikakunさんです。お楽しみに。

水曜日, 12月 08, 2021

2021年のベスト数学

去年書いたように今年は放送大学を始めた。前期に「初歩からの数学」を履修し終え、後期に「入門線形代数」「入門微分積分」を履修している。実は履修登録の仕組みを勘違いし、前期で1年分の授業を取ってしまい大変な目に遭った。登録した科目は次学期に再挑戦が可能なので、線形代数と微分積分は前期の試験を受けず後期に回した。放送授業は履修登録したもの以外もネットで観られるため、前期から少しずつ観てはいたのだが、仕事が忙しくなるとどうしても気持ちを切り替えられず、まとまった時間を取れなかった。

絹田村子数字であそぼ3巻14話「数学学習の一意性」より

今のところ線形代数はまだついていけている感覚があるのだが、微分で躓いており、通信指導の結果も思わしくなかったので、単位認定試験までに復習しなければならない。さらに演習問題をこなす必要性を感じたため、新たな参考書も購入した。

そんな中で今年のベストは、Anthony Froshaugを再発見したことだ。Amazonの履歴によれば2010年、当時はタイポグラフィやグリッドデザインへの興味から何の気なしに作品集を買っていたのだが、最近になって彼がかなり数学に傾倒していたことを知った。ウルム造形大学やロイヤル・カレッジ・オブ・アートなどでグラフィックデザインを教えており、50歳を過ぎてから自らもOpen Universityという通信制大学で数学を勉強していた。作品集にメモが載っていて、その内容が群論だと分かったのは嬉しかった。同じ時期にCentral School of Artで開いていたVisual Mathematicsという授業がとても気になる。

ちょうど来年彼についての本が出るようで、こちらも期待している。

この記事は2021 Advent Calendar 2021の8日目の記事として書かれました。昨日はnbqxさん、明日はnobokoさんです。お楽しみに。

火曜日, 12月 15, 2020

2020年のベスト(を尽くした)数学

今年は言うまでもなく新型コロナウイルスの影響で家にいる時間が長かったが、数学の勉強はあまり進まなかった。外出自粛中に始めたDuolingoでの英語と韓国語は12月15日現在で264日続いており、その他にもMemriseAnkiELSA Speakは毎日欠かさず続けられているので、やはり自分は文系科目が得意なのだろう。Brilliantというアプリが高度な数学を取り扱っていて、コンピュータサイエンスなども学べてUIもいい感じなのだが、いかんせん英語で学ぶハードルが高く(記憶に定着しづらい、概念が掴めない、専門用語が分からない)、途切れがちになってしまった。語学の伸びでいつかカバーできるようになれば良いのだが。

世の中的にはABC予想の証明が認められたり、感染症の数理モデルが注目されたり、PCR検査でベイズの定理が話題に挙がったり、三菱UFJの社長が数学科出身の人になったりと、数学の年だったと思う(毎年言ってる)。『数学ゴールデン』という数学オリンピックを目指す高校生が主人公の漫画の単行本も出た。

年の前半は仕事も少なく、いい機会だからとチュートリアルをこなしていた。これはOpenGLなどのグラフィックライブラリを使わずに3Dレンダリングの原理を学ぶ講座で、三角関数の加法定理の幾何学的な証明などもあって楽しめた。

Learn 3D Computer Graphics Programming from Scratch

その後ゲームを作る仕事があり、少しは経験を活かせたかも知れない。

ステイホームでいつもは後回しにしがちな事務作業がしやすく、せっかくマイナンバーも取得していたので資産運用を始めた。少額で投資信託を積み立てたり、好きな企業の株を買ったりしているが、一応数学的な知識も参照している。毎朝の更新が楽しみで、クリスマスの朝を待つ子供のような気分で寝られる。年を取るのも悪くない(利回りが良ければ)と思えるようになった。

カルチャーセンターでの抽象代数学講座はコロナで3ヵ月間休講し、その分後ろにずれたので、今月が最後となる。来年からはちょっと趣向を変えてゲストを呼んだトーク形式になるようだ。それはそれで面白いと思うのだが、大学の講義のように、ひたすら先生が解説をして演習を解くスタイルが好きだったので少し残念。(これは3ヵ月ずれた影響で、新年度が始まる4月までのつなぎっぽい。4月からは微分・積分だとか。行かねば!)

ということもあり、やっぱり体系的に大学の数学を学びたい、と思って放送大学の情報コースに出願した。自分は専修学校から大学院に進んだため、一般教養的な授業を一切受けておらず、それに対する飢餓感が常にあった。放送大学は所属コースを決め、卒業までに必要な単位のうち、所属コース外の授業をいくつか取らなければならない仕組みになっている。そのためメインとなる情報コースでは仕事に役立ちそうな技術や法律を学び、社会と産業コースで経営や会計、自然と環境コースで高度な数学、人間と文化コースで美術の歴史などを学べばかなりの知的好奇心が満たされるのではないかと期待している。あと韓国語もある。

今年読んだ本では伊藤由佳理『美しい数学入門』がとても面白かった。「美しい」とあるが、黄金比による視覚的な美とかではなく、構造や理論が中心。

抽象代数学やその他の本でも必ず「写像」の概念が出てくるが、高校時代に習ったはずの概念がこれほど重要だとは思わなかった。風邪か何かで休んだのか、寝ていたのか、先生が話していた様子を思い出せず、教科書を読んでもよく分からず、全射・単射・全単射の違いは分かったけど、何のためにこんなことをしているのだろうかと思った記憶だけが残っている。それがこの本の4章の線形写像の解説を読み、ようやく「そういうことだったのか」と理解した。この感覚を説明するのは難しいのだが、ただ線形写像の定義をそのままそういうものとして受け取るということで、一次関数のグラフや線という言葉のイメージに引っ張られてはいけない、ということだ。これは線形写像に限らず全てにおいて言えることで、自身の数学観が大きく更新された瞬間だった。本文中にさらっと書かれているが、「イメージできないものも扱えるのが数学の強み」正にその通り。20年前に気づいておきたかった。

そう、そしてちょうど語学と数学を勉強していると、何となくある言語を別の言語に翻訳する際に写像が思い浮かぶ。言語を集合ととらえ、互いに変換可能な関係かどうか。当然別の言語では表せない概念もある。しかし逆に、日本語と韓国語は漢字由来のものなど、共通する語や似たような響きで同じ意味を持つ語も多くある。日本語と英語でも「そう」と"so"、「名前」と"name"など、偶然の一致なのか起源が同じなのか、それを表す語として人間が相応しいと思う何かがある(ブーバ・キキ効果みたいな)のか、不思議に思うことはあるだろう。そんなことを調べている人はいるのかなと思ったらやっぱりいた。「不思議だな~」で終わらせず、統計や群論を駆使して誰もが納得できる指標を作ろうとしているのがかっこいい。この中で触れられている安本美典『言語の科学』は古本で安く手に入った。こうして読めない数学書が増えていく…。

この記事は2020 Advent Calendar 2020の15日目の記事として書かれました。昨日はyamanokuさん、明日はyoukosekiさんです。お楽しみに。